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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)186号 判決

原告 清水喜太郎

右訴訟代理人弁護士 入沢武右門

右訴訟復代理人弁護士 藤平国数

被告 高木喜里

外八名

右九名訴訟代理人弁護士 奥田実

清川明

右訴訟復代理人弁護士 小竹耕

主文

1原告に対し、被告高木喜里は金一、一〇四、三六四円、その余の被告らは各金二七六、〇九一円およびこれらに対する昭和三三年一月一九日(被告高木実については同月二〇日)から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2原告その余の請求はいずれも棄却する。

3訴訟費用はこれを三分し、その一を被告ら、その二を原告の負担とする。

4この判決は第一項に限り原告において被告喜里のため金三〇万円、その余の被告らのため各金九万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が大正一二年八月一日高木順治郎からその所有の東京都文京区駒込動坂町二三八番の一宅地二三二坪九合三勺(昭和二四年一一月一六日同町二三七番の一宅地四七坪八合八勺を合筆して同町二三八番の一宅地二八〇坪七合七勺となる。)のうち東南の部分一五三坪三合八勺四才を期間二〇年、普通建物所有目的で賃借し、右地上に五棟の建物を所有していたこと、同建物が昭和二〇年五月二五日戦災のため焼失したことは当事者間に争がない。

二、被告らは右賃貸借は昭和一七年七月三一日頃高木順治郎と原告との間に合意解除されたと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠がない。

従つて、高木順治郎が賃貸借の期間満了後遅滞なく異議を述べたとの主張、立証のない本件においては、本件賃貸借は昭和一八年七月三一日前契約と同一の条件で更新されたものというべきである。

三、高木順治郎が昭和二一年中本件土地を訴外鈴木惣三郎外五名に賃貸し同訴外人らが右地上に建物を建築したこと、高木順治郎は昭和二六年四月一〇日死亡し、その妻被告高木喜里、子であるその余の被告らが相続により本件土地の賃貸人たる地位を承継したが、昭和三一年三月三日前記二三八番の一の宅地を原告主張のとおり分筆した上、本件甲地を訴外鈴木旭に譲渡したことは当事者間に争がない。

以上によれば、原告は昭和二一年七月一日から五ヶ年を経過した後に被告らが本件甲地の所有権を鈴木旭に譲渡したため、同人に対し本件甲地に関する賃借権を対抗することができなくなり、結局被告らの原告に対する本件甲地に関する賃貸義務は履行不能となつたものというべきである。

被告らは、高木順治郎が昭和二一年に本件土地を訴外鈴木惣三郎外五名に賃貸して、右土地を同人らに引き渡したときに前記賃貸義務は履行不能となつたと主張するが、原告は罹災都市借地借家臨時処理法第一〇条により昭和二六年六月三〇日までに本件土地について権利を取得した右訴外人らに対して、原告はその借地権をもつて対抗できるわけであるから、被告らの右主張は認められない。

四、本件乙地は間口約一間半、奥行約一〇間の細長い土地であることは当事者間に争がなく、この事実と鑑定人角崎正一尋問の結果(第二回)とによれば、本件乙地はそれ自体独立して普通建物所有目的に供し得る可能性のない土地と認めるのが相当である。

従つて、本件乙地に関する被告らの原告に対する賃貸義務も本件甲地の譲渡により履行不能となつたものというべきである。

五、被告らは、その先代高木順治郎から原告との賃貸借は合意解除により終了したものと聞かされ、これを信じて本件甲地を譲渡したものであるから、被告らの故意又は過失によつて右履行不能が生じたものでないと主張するけれども、合意解除されていないのにされたものと信じたことはむしろ過失があつたものと認めるのが相当である。

以上のとおり被告らの原告に対して本件甲地、乙地を普通建物所有目的をもつて賃貸する義務は、被告らの責に帰すべき事由によつて履行不能となつたものであるから、原告の賃借権は解除を俟つことなく、履行不能の時をもつて填補賠償請求権に変じたものというべきである。

以上により、原告の受けた損害は履行不能の時を基準として考察すべきものである。

原告は、その主張の解除の時をもつて、損害額算定の基準とするよう主張するが採用できない

六、そこで、前記履行不能により原告の受けた損害の額を検討する。

被告らの責に帰すべき事由による前記履行不能により原告は本件土地に関する建物所有を目的とする賃借権を失つたことは明白である。従つて原告はその借地権の価格に相当する損害を受けたものというべきである。

建物所有を目的とする土地の賃借権が建物保護法、借地法などの各種の保護立法の適用を受けて現在それ自体一の独立した財産的価値のあるものとして評価されていることは顕著なところである。

原告の有した借地権は、原告が借地上に建物を所有し得なかつたため、昭和二六年七月一日以降は建物保護法、借地法等の保護を受け得なかつたものであるが、この結果は被告らの先代高木順治郎や被告らが原告に対する賃貸義務を誠実に履行しなかつたことによるものであるから、原告の借地権喪失による損害を検討する際には前記諸事情は考慮する必要がないものと考える。

被告らは原告が本件土地を使用収益するためには新家屋の建築費用、その保修費、公課、火災保険料等の支出を要するから、かような支出を差し引けば、本件土地を使用収益することによる原告の利益はいくばくもないという。

しかし、借地権者が借地を使用収益するためにかような費用(家屋を建築することは単なる出費ではなく、家屋は一の資産として残るわけであるが)を支出する必要があるからといつて、借地権の価格がそれだけ減少するわけではない。蓋し借地権の価格は借地上に家屋を所有して相当長期にわたり敷地を独占的に使用収益することによつて受ける利益を集約したものであるからである。

次に被告らは借地権の価格を算定する上においてその残存期間を考慮すべきものという。

なるほどこの点は借地権の価額算定の上に考慮されて然るべきものである。

例えば、堅固な建物所有を目的とする期間三〇年以上の借地権と罹災都市借地借家臨時処理法第二条に基いて設定された期間一〇年の借地権とでは価格に差があり得るものと推認される。

しかしながら借地法第四条ないし第七条を見れば、期間の満了によつて当然建物所有を目的とする賃貸借関係が終了することを前提として借地権の価格を考えることのできないこともまた明白である。

本件においては、原告は大正一二年以来の本件土地の借地人であること、被告らの先代高木順治郎は昭和二一年中に本件土地を鈴木惣三郎外五名に賃貸したことは当事者間に争がなく、また成立に争がない甲第二号証によれば被告らから本件土地の所有権を取得した鈴木惣三郎外五名から賃借権を譲り受けた者に対して本件土地を賃貸したことが認められるのであるから、別段に解すべき特段の事情のない本件においては、むしろ原告が本件土地上に家屋を所有し得たとすれば当然その保存登記をし、また期間満了に際しては借地法第四条ないし第六条により借地権の更新をすることができ、被告らや鈴木旭には、右の更新を拒む正当の理由はないものと認めるのが相当である。

仮に鈴木旭が他に本件土地の所有権を譲渡するとしても、その譲受人も借地権者が家屋を所有していることを承知の上で本件土地を取得する外ないのであるから、右の承継人が原告の更新請求を拒絶できる正当理由を有し得る可能性はまずないものといわなければならない。

以上これを要するに、原告の借地権は、被告らが原告に対する賃貸義務を誠実に履行したとすれば、昭和三八年八月一日更に二〇年の借地権が設定されたであろうと認定すべきものであるから、昭和三一年三月当時原告が残存期間二〇年の借地権を有したものとして、その価格を算定することは相当である。

そして鑑定人角崎正一の鑑定の結果(第一、二回)によれば、昭和三一年三月当時の右の原告の借地権は金三、三一三、〇九四円の価値を有したものと認めるのが相当である。

従つて原告は昭和三一年三月右の借地権を失い、同額の損害を受けたものというべきである。

七、被告高木喜里は高木順治郎の妻、その余の被告らは同人の子として本件土地を共同相続し、共同で本件甲地を鈴木旭に譲渡して原告に対する本件土地の賃貸義務を履行不能にしたものであるから、被告らは相続分に応じて原告の右履行不能により受けた損害を賠償すべきものである。

よつて被告高木喜里は原告の受けた損害の三分の一である一、一〇四、三六四円を、その余の被告らはその一二分の一である二七六、〇九一円を、本件訴状送達の翌日であること本件記録上明白な昭和三三年一月一九日(被告高木実については同月二〇日)から支払ずみまで年五分の割合による遅延利息を付して支払うべきものである。

よつて原告の本訴請求を右の限度において認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第八九条、仮執行宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫)

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